28,
2005
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I'm happy to see you!
12,
2005
朝も頑張ってお風呂に入りました。滞在中3回の入浴。
豊満な肉体に似合わずきめ細かく動いてくださる仲居さんに駅までのバスの手配をしていただき、一旦加賀温泉駅へ逆戻り。 さて。行き当たりばったりです。 とりあえずキャンバスに乗ってお昼ご飯が食べられるところへ移動しようと乗ったところ、すんごい人。 3連休なので、いつもの2倍以上の人が押し寄せているわけです。 これでは一度降りたら乗るのはなかなかと、あちこち回るのは断念。とりあえず地ビール館も併設している世界のガラス館へ。 そしてお昼ごはんのために地ビール館直行。 ビールは4種類あり、そのうち2種類だけ飲みました。(昼間だ) 試飲セットという、4種類をセットしたものがあったのですが、隣のテーブルの女の人2人が頼んでいたのはちょっと壮観でした。 2人の前には色とりどりの8つのグラス。大丈夫か?と思っていたら、そんな心配は無用だったようです。 ビールもまあまあだし、ピザはすごい美味しかったし、それはいいんです。が・・・。 加賀おかし館。加賀の伝統的なお菓子とかがあると思えば、単なるお土産物屋。 オルゴール館。六甲とかみたいに楽しめるところかと思えば、単なるプレハブのオルゴール屋。 加賀地ビール館。地ビールを提供するただのレストラン。 メインの世界のガラス館。ただただでっかいガラス製品屋。 ええかげんにせい!ってなもんでしたね。 「屋」を「館」に置き換えて観光客を誘い、お金を落とさせるためのものです。だまされました。 キャンバスの中で日本自動車博物館の1,000円の入場料が高いとケチってここで降りた家族連れ、ケチったがために収穫もなく更にお金を落としていたことでしょう。 そこからは駅に戻り、お酒を中心に色々と買い込んで加賀を後にしました。 オススメは天狗舞の熱燗と、山代温泉の温泉玉子です。
11,
2005
よっぽど気に入ったらしいです、加賀温泉。
10月に行ったばかりなのに、また行ってきてしまいました。 京都駅からサンダーバード(or雷鳥)でぴゅーんで着いちゃって、いいお湯とおいしい海の幸がたっぷりなんだから、もう病み付きです。 今回はまず加賀温泉駅前の回転寿司に行き、幸せな天狗舞の熱燗と共に食べたいだけ食べ、平和堂をうろうろした後(滋賀にいっぱいあるスーパーでも、地方になると面白い)、すぐにホテルへ。早くお風呂に入りたかったので。 ホテルは前回、日帰り利用で立ち寄ったところです。 ひどい仲居さんとお風呂に辟易していたところへめぐり合ったこのホテルは、本当にオアシスのようでした。 感じよさげなフロントに、てきぱきとしてそうな仲居さんたち。 そしてそれは当たりでした。 旧館利用だったのに部屋はきれいで居心地がいいレイクビューで、仲居さんがなんだか感じいいというか、面白い。 「今晩はカニが一杯(1匹の意味のほう)出ますよ。 (右手にギブスの相方を見て)・・・ぷぷ。 食事のときのお飲み物はどうしましょうか。 (またギブスを見て肩を震わせながら)・・・ぷぷ。だめですよね〜。」 カニは、食事中かかりっきりになってしまうので、あえて避けていたはずなのに、なぜそんなに? 何かの間違いでは・・・と思っていたら、本当でした。 1人に丸ごとのカニの他にもカニ鍋etc。 「なんでやねん!」と必死になりながらほぐし(2人分)、残さず平らげ、残ったのはお腹が張りすぎて苦しくて動けなくなった自分でした。 帰宅後知ることになるのですが、パンフレットを見直したところ、カニを避けてあえて下のランクの料理にしていたはずなのに、なぜか上ランクの料理。 宴会があったから効率がよかったのか?カニのシーズンだからか?と色々憶測はあるのですが、2人分のカニをほぐし、身動きもできなくなったことを思えば、あまり得した気分にはなれないのでした。
10,
2005
USJに日本発キャラクター続々、ファンは賛否両論
うーん。 USJって、「大人のテーマパーク」じゃなかったっけか。 だから園内にお酒が飲めるところがあったりすると、USJオタクの友人から聞いてたんだけど・・・。 「子どもが喜ぶから」って、これじゃこのテーマパークの「テーマ」はどこにいっちゃったんだか。 まだ1回しか行ってないけど、園内にアニメキャラやキティちゃんが溢れ出したらあんまり行きたくないかなぁ。 ディズニーが大っ嫌いなので、こういうのが近くにできて多少はうれしかったのに。 「『ハローキティ』や『鋼の錬金術師』は今や、世界的なキャラクター。USJにもぴったり」(USJ広報室) ぴったり?ハリウッドとどう関係ある? 「様々なキャラクターを導入したい」(USJ広報室) ただのコドモとオタクの遊園地になっちゃうようですねぇ・・・。
09,
2005
祖父は入院中は完全看護のため面会に行く程度ですが、残されたのが祖母です。
もともと足腰が弱っていた上に膝痛のため、移動に多少困難が生じていました。 また、昔の人間としては珍しく共稼ぎで家事はほとんど祖父がやっており、今の状態の祖母1人では生活ができない状況でした。 このため、祖父の入院当日から、祖母は私の実家で暮らすようになりました。 祖父と祖母はお互い精神的に依存しあって生きており、急に片割れを失った祖母は毎日のように病院への面会を要求するようになります。 両親は2人とも仕事をしていながらも、毎日のように聞かされる、 「お父さんとこ連れてってよ」 の言葉にできる限り応じて、車で約30分の所にある病院へできる限り面会に連れて行っていました。 チチは週末、ハハは夜勤ありの不定期勤務。夜勤明けはかなりきつかったようです。 私も週末はできる限り実家に帰り、祖父の面会に行っていました。 そこで祖母を連れてきたチチと出くわすと、なぜか祖母はタオルをお尻の下に敷いて座っています。 「どうしたん?」と聞いてみても祖母の返答は要領を得ず、まぁいいかとあきらめて一緒に病院を出てきました。 すると、並行に走るチチの車の助手席で、祖母がこっちを見て笑っています。 よく見ると車の窓は全開。いい加減寒くなってきていたのに。 後から聞いたところによると、祖母がもらしてしまいあまりの異臭に窓を開けていたとのこと。 祖母に聞いてみても「していない」の一点張りだったと。 おかげで大事に大事に乗っていたチチの車のシートには・・・。 当然ながら「取れない」と嘆いていました。 祖母の明らかにおかしな言動。 もらしてしまっても「汚れた」としか認知できていない。 初めは恥ずかしくて認めたくないから「していない」と言い張ってるのだと思っていました。 後から考えるとおかしいと思える言動は、同居していく中で見られるようになりました。
08,
2005
10月に宮崎で行われた友達の披露宴に出席しました。
私のように遠方からの人が多いということからか、お決まりの引き出物(引き菓子とか)の他に、カタログギフトがありました。 前にももらったことはあるのですが、これって結構曲者ですよね。 山ほど品物があるのに、いまいち惹かれる物がない。 「今欲しい物」を探すんだけど見当たらなくて、じゃあ、日常的になにか必要な物・・・とか水準を下げるとあれもこれもとなる。 でもデザインとか自分の好みの物がばっちりあるわけでもないので、それなら自分で買うよ〜となる。 「それなら自分で買うよ〜」っていうのが多くて、いまだにカタログを手に悩んでいるのですが、裏表紙にURLがありました。 なんだか覗いちゃいけない世界のような気がしないではなかったけど、なんでこんなにも「それなら自分で買うよ〜」なのか知りたくて。 そこには8種類のカタログの写真が載っていました。 それぞれに値段が付いていて、下は2,000円から上は10,000円まで。 私が手にしたカタログを発見。 ・・・2,000円の物でした。なるほど。 さっさと決めよっと。 それにしてもカタログギフトのシステム利用料って500円もするんですね。 たかーい。
06,
2005
私のパソコンにはウイルスバスター2003(古)が入っており、毎日のように新しいプログラムをダウンロードしてくれます。
ウイルスチェックもしてくれて、安心してパソコンを使うことができます。 しかし最近目にするようになった「スパイウェア」の文字。 パソコンからデータを集めてどこかに送るという、まさにスパイのようなものらしい。 いたずらをするだけでなく、大変なプライバシーが漏れることもあったりするということで、何か対策しないといけないかな〜と、やっとこ取り掛かってみました。 とりあえず、日本語に対応しているということでspybot投入。 ぞろぞろ出てきよるやんかぁ〜・・・。 11コのスパイウェアがどっさり。 変なサイトなんて一切見てないのにこれなんて。 「パソコンってぇ、ぜんぜんわからないんですぅ〜」 なんて言ってたら全く通用しない世の中ですね。 そもそも、ウイルスやらスパイウェアやら作る人はそんなの相手にしてないし。 わからないならわからないなりに、自衛しようという姿勢がなければ、いつのまにか大変な被害に遭ってそうです。 うちの職場、対策打ってないのに等しいんだよなぁ。。。 デリケートすぎるくらいの個人情報もいっぱいあるのに。。。 ウイルスバスターさえ、年単位でアップデートしてない人、平気でいるだろうしなぁ。。。 明日出勤したら、自分のパソコンにspybot入れてみます。 とりあえず自分だ。
05,
2005
祖父に残った障害は、一番大きなもので痴呆症状と言語障害。
もともとあまりしゃべらなかった祖父とはコミュニケーションが更に難しくなりました。 なので、脳梗塞を起こしてからはカタコトでしか話せなくなり、返事をするのがやっと。 話したくても言葉が出てこないもどかしさで涙を見せることもありました。 そんな状態が突然訪れたので、最後の普通の会話がなんだったか覚えていません。 思い出すのは、祖母とけんけんと九州弁でケンカしてるところなんですけどね。 仲が良いのか悪いのか。 深夜の不穏状態は1週間程度で収まり、病院からの呼び出しはいつしか無くなっていました。 顔つきは少しずつ落ち着きを取り戻し、ある週末に面会に行った時、普通にベッドを起こして座っていた時はどんなに安心したか。 食事は多少の介助が必要になっていましたが・・・。 しかし調子が悪い時は表情からしてひどいものでした。 面会時間終了間際にたまたま病院の前を通りかかったので、少しでもと寄った時に見た、車いすに座った祖父が振り返った時の表情が今でも忘れられません。 目はドロンとして生気がなく、顔色はよどみ、力が込められることなくだらしなく開いた口から垂れる涎。 「また来るからね」と言い残して逃げるように車に戻ってから、しばらくはショックで口をきくことができませんでした。
04,
2005
ひょんなことから、このブログが「輝く!日本ブログ大賞2005」なるものにご推薦いただいていたことを知りました。
ほとんどが自薦の中、とってもとってもありがたく思うとともに、とってもとっても驚いています。 なぜこんな勝手に愚痴ってるだけの、日記にも満たないようなものが??と。 そして、もっと驚いたのはその理由。「不幸続きサイト」。( ̄□ ̄;)! (日記orブログでは顔文字を使わないというポリシーを貫いてきましたが、どうしてもここは使いたいっ) 家族や本人が不幸続きの中がんばって生活している様子のサイトです。 (勝手に転記ごめんなさい) まぁ、他の人から見たらそうなんでしょうねぇ。 とはいえ、こんなところでネタにしているあたり、本当に不幸なのかと思うところもあったり、自分自身が本当に不幸だと思う出来事は、こんなところに書けるレベルをとうに越えていたりするので、複雑な部分があったりもします。 やっぱり・・・どこかのサイトと間違えて推薦されたのだろうか?? っていうか、「ここに書けるレベルをとうに越えた」出来事は書いてないのにそうなるということは、私はとんでもない不幸なのか??? ブログのお引越しをしたものの、「介護記録」の大部分はまだgooに置きっ放しなので、慌てて1つだけ転記。(笑) (推薦してくださった方は、gooの頃から読んでくださってるのでしょう) そして最近続きを書いてませんが、祖父の入院中、実の娘である叔母が、祖父母の預金数千万円を勝手に引き出し着服していた・・・なんていうことを予定しています。 なぜなかなか進まないのかというと、正確な金額を忘れたから。(←A型のサガか?) ハハに聞こうにも、怪しまれそうなのでできずにいたりするのです。ははは。 最近放置プレイ気味のこのブログ、ちょっと頑張りましょうかね? なにはともあれ、どこのどなたかは存じませんが、ありがとうございました。 うれしかったです〜。
04,
2005
それは仕事中にかかってきた、ハハからの電話で始まったんだと思います。
「じぃちゃんが脳梗塞で入院した」 自転車に乗っていてコケて、帰ってきた時の様子が変だったので病院に行ったということでした。 前日までにも自転車に乗って出かけて帰って来られなくなったり、急に怒鳴りだしたりしたことがあったと言います。 知っていたらさっさと病院に行かせたのに・・・。 それまでそういったことに縁がなく、祖父母は足腰が弱って買い物や通院に不自由ではあるものの、ハハが週に何度か通うことで、一応2人で生活していました。 祖父は脳梗塞による不穏状態が1週間以上続き、安静にして、それこそベッドにくくりつけてでも動いてはいけない時なのに、興奮してベッドに立ち上がったりするので、深夜2時から3時ごろにかかってくる病院からの電話に応じてなだめに行っていました。 祖父はハハの実の父にあたります。 私の家で面倒を見る流れになっていたので、病院の呼び出しに応じるため日によって担当を決めて、深夜の国道を隣の市にある病院に向かって車を走らせていました。
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