祖母の永眠
祖母が3月8日16時34分に亡くなりました。お昼過ぎから点滴が入らなくなり、お見舞いに訪れた時には危篤状態になっていました。そんな中、どうしても一人住まい先にある病院に行かなければならず、その病院の待合中に静かに息を引き取りました。

病院から帰ったら実家では既に読経が始まっており、9日がお通夜、10日がお葬式でした。祖母は親類の中でも一番の長生きでしたので参列する人もほとんどおらず、3家族ほどで行いました。ほっこりと。

祖母に対しては私にとって出来る限りのことをしたので寂しさはあれど、襲ってくるような悲しさはありません。祖父が2年前の同じような頃に亡くなっていたのにそれを隠していたので、あの世でびっくりしてるだろうね、と言い合っていました。

そうそう、祖母の身体拘束に関する記録が滞ってますね。最後まで書かなければね。

それから、お葬式の中、明らかに心無いと思われるメールがこのページのメールフォームから送られていました。「それがなにか?」という感じですし、大体の見当はついていますしね。
ゆみ
介護記録   3 0

とうとう全て点滴で・・・
しばらく祖母のことは書いていませんでしたが、仕事関係で体調を崩した時以外、昼晩と様子を見に行っています。
点滴をしながらも、暖房で渇いた空気の中で開けっ放しの口では喉が渇くので、とろみのついたお水を飲ませていたのですが、すぐにどろどろどろっと吐いてしまいます。恐らく胃から食道にまで癌が広がっているのでしょう。当然絶食となり、誤嚥の恐れがあるからとそれさえもできなくなり、お薬を飲む時だけしかお水を飲ませられなくなりました。ここ数日は既にお薬さえ処方されていません・・・。本来なら点滴は1日3回が望ましいのですが、血管がもろくなっていることで2回だけ。それも昨日からは1回になってしまいました。
ハハは、

「これも延命処置なんやろか」

と悩んでいるようですが、意識もしっかりあり、あまり成り立たないながらも会話をし、生きている証を示しているのですし、何より口から取ろうが血管から取ろうが栄養は栄養です。脳死状態とは訳が違います。

自分の中で整理がつかないのは、在宅介護を理想とし自分の家で死を迎えることが理想だと学んできた立場からすると、そんなことばかり言っていられない事もあるのだなぁと。
それとも看護体制さえ整えば家で看れる?・・・わかりません。何か起こった時が怖いのです。ただそれだけで、病院から退院させることができません。とりあえず、今出来ることを精一杯するだけです。

そうそう、2月1日は祖母の誕生日で、無事87歳を迎えることが出来ました。2年前に祖父は後17日で86歳を迎えるというところで亡くなったので、せめて誕生日までは・・・と。もう少しは安心できそうですが、2月29日に亡くなった祖父(うるう年のうるう日に亡くなった・・・)の3回忌法要をしないといけないのに、それどころではなくなっています。じいちゃん、ごめん。

ただ、祖母はもう、「食べる」という行為をすることなく死んでいくのかと、祖母の好物や一緒に食事をしたことを思い出し、やりきれない思いです。
ゆみ
介護記録   1 1

点滴をはじめて受けました
祖母があまりに食事を取らないので、とうとう点滴をしてもらっていました。

予想はしてたのですが・・・元気。点滴の威力絶大。
激しい手の動きが伴い、ハハは食べさせるたびに飛びのきます。

これだけ効果のある点滴なのですが、血管がもたないので非常の時だけです。
ゆみ
介護記録   0 0

今日はほんの少し元気?
相変わらずほとんど食事はとりませんが、持参したアイスと、メニューのプリンととろみの水分は摂取。

今日は昼食のときも行ったので疲れました。
ハハは心配なのと、看護師に任せていたら水分までには気を使ってもらえないだろうと朝昼晩行っています。・・・大変だ。
ゆみ
介護記録   0 0

食事をほとんど取らなくなりました。
とはいっても、入院中の祖母のことです。夕食の介助に行ったら寝ていました。こんなことは今までなかったそうです。わーわー喚いたり、人を叩く仕草も(仕草どころじゃなくほんとに叩くけど)ほとんどないくらい、しんどそうです。
出されたものはほとんど食べず、無理矢理食べさせたところで吐いてしまうので、あの手この手状態。

暖房でのどが乾くせいか水分だけは欲しがることと、普通のお茶では激しくむせるので、私が買ってきた本の中に載っていたとろみがついた水を注文し飲ませてみると、それだけはすんなり飲んでくれます。人間、水分が取れればかなりなところまで体力が持ちますから、これで少しは安心です。
ちなみに、とろみのついた水分を自分で作ろうとするとマズい物が出来上がることが多々あるので注意が必要。
ゆみ
介護記録   0 0

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