15,
2006
祖母が3月8日16時34分に亡くなりました。お昼過ぎから点滴が入らなくなり、お見舞いに訪れた時には危篤状態になっていました。そんな中、どうしても一人住まい先にある病院に行かなければならず、その病院の待合中に静かに息を引き取りました。
病院から帰ったら実家では既に読経が始まっており、9日がお通夜、10日がお葬式でした。祖母は親類の中でも一番の長生きでしたので参列する人もほとんどおらず、3家族ほどで行いました。ほっこりと。
祖母に対しては私にとって出来る限りのことをしたので寂しさはあれど、襲ってくるような悲しさはありません。祖父が2年前の同じような頃に亡くなっていたのにそれを隠していたので、あの世でびっくりしてるだろうね、と言い合っていました。
そうそう、祖母の身体拘束に関する記録が滞ってますね。最後まで書かなければね。
それから、お葬式の中、明らかに心無いと思われるメールがこのページのメールフォームから送られていました。「それがなにか?」という感じですし、大体の見当はついていますしね。
病院から帰ったら実家では既に読経が始まっており、9日がお通夜、10日がお葬式でした。祖母は親類の中でも一番の長生きでしたので参列する人もほとんどおらず、3家族ほどで行いました。ほっこりと。
祖母に対しては私にとって出来る限りのことをしたので寂しさはあれど、襲ってくるような悲しさはありません。祖父が2年前の同じような頃に亡くなっていたのにそれを隠していたので、あの世でびっくりしてるだろうね、と言い合っていました。
そうそう、祖母の身体拘束に関する記録が滞ってますね。最後まで書かなければね。
それから、お葬式の中、明らかに心無いと思われるメールがこのページのメールフォームから送られていました。「それがなにか?」という感じですし、大体の見当はついていますしね。

ゆみ


